弦曲と地歌

　「弦曲」という言葉も江戸時代から使われていて、「三弦曲」つまり「三味線曲」の意味でした。しかし、三味線音楽には、いろいろな種類のものがあって、すべての三味線曲を「弦曲」といったわけではありません。

　もうひとつ、「地歌」という言葉があって、これも「弦曲」と同じような意味で使われることがあります。「箏曲」と併せて、「箏曲・地歌」または「地歌・箏曲」といったりもしますし、厳密には「箏曲・地歌」というつもりで、たんに「箏曲」ということもあります。「地歌」という言葉は、江戸時代の末頃から使われ始めた言葉で、関西において、三味線伴奏の歌曲のことを、江戸の三味線伴奏歌曲（こちらは「江戸歌」と関西で呼びました）に対していうようになったものです。この「地歌」も「地唄」と書く人がいますが、関西では、公式には「地歌」と書いていましたし、国語教育に沿うためにも、「地歌」と書くべきでしょう。

　「地歌」と「弦曲」との区別は、伴奏楽器を主にしていえば「弦曲」で、歌を主にしていえば「地歌」ということになります。ただ、ややこしいのは、この「地歌」には、三弦以外に箏も合奏されることがあってご前に挙げた「八千代獅子」なども、本来は「地歌」なのですが、箏も合わされる場合には、「箏曲」ともいえますし、「地歌・箏曲」などということもあります。

　こうした名称はともかく、重要なことは、この「地歌」の「弦曲」に用いられる三弦、すなわち三味線が、他の三味線音楽の三味線とは、いろいろな点で相違があるということです。

　「地歌」に使われる三味線は、現在では、同じ三味線音楽でも、「長唄（これも、江戸時代には「長歌」とも書いていたのですが、現在では「長唄」と書くほうが、一般的となってしまいました）」の三味線に比べると、棹の太い三味線を用います。ただし、「長唄」の三味線を「細棹（ほそざお）」というのに対して、「地歌」の三味線は「中棹（ちゅうざお）」というなどという説明も、どうかと思います。そういう言い方を専門家がしたことは、なかったはずですし、むしろ、義太夫節の三味線などに比べて、「地歌」の三味線を「細棹」といったことはあったようです。

　それよりも大きな違いは、棹を胴にはめ込むあたりで、普通は、棹がゆるやかに湾曲しているのが（これを「鳩胸（はとむね）」といいます）、「地歌」の場合は、胴近くまで真っ直くで、急に角張った筋をつけて曲げてあるということです。

　ただし、「地歌」の三味線が、このようになったのは、昭和に人ってからで、それまでは、むしろ義太夫節の三味線に近かったようです。また、さらに昔は、現在でも、京都の一部で使っているような、「柳川三味線」といわれる、極めて棹の細い三味線が標準的であったとも思われます。また、「山田流箏曲」の三味線には、「長唄」とほぼ同じような三味線を用います。

　さらに、撥（ばち）にも、いろいろな違いがあって、現在の「地歌」の三味線は、先端が急に簿くなっている、比較的大型の撥を用います。この先端の横幅は、義太夫節の撥などより、はるかに大きいのです。「柳川三味線」の場合は、逆に、非常に小さい撥を用いますし、「山田流箏曲」の三味線の場合は、「長唄」と同じような撥を用います。

　もうひとつ、三味線の胴の皮と、弦との間に置く、駒も、三味線の種類によって、いろいろと異なります。「地歌」の場合、昔は、かつての義太夫節の三味線と同様、背が高く、底の台の広がった大きな駒を使っていましたが、現在では、中に鉛を入れて、重さを重くしてあるが、昔は低い駒を用いています。「柳川三味線」は、昔ながらの、背の高い駒を使います。「山田流箏曲」の三味線は、「長唄」と同じように、鉛は入っていないが、それほど背は高くない駒を用います。これらの駒の重さは、三味線の音色に影響しますし、背の高さは、奏法の違いとなるのです。

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